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大老 国立劇場十月歌舞伎公演 北条秀司十三回忌追善 [歌舞伎]2008-10-29 [歌舞伎アーカイブス]

 国立劇場の歌舞伎公演としては珍しく11時30分開演で15時55分に終演という長丁場の芝居。来月の幸四郎と染五郎親子の新作「江戸宵闇妖鉤爪」が上演時間3時間とコンパクトらしいので、ふたつを足せばちょうど良い?というところだろうか。

 さて昭和45年11月に初演された北条秀司の超大作・新歌舞伎「大老」である。あの前進座の立女形・河原崎国太郎と先代の幸四郎が共演したことも異例なら、二部構成で21場(結局1場はカットされ上演)で、初日の終演時間は23時10分だったとか。地下鉄もまだ開通していない当時?の観客は、どうやって帰ったのだろうか。100名を越す役者が全部で500もの役を演じたという伝説的な舞台である。今回は彦根の埋木舎から桜田門外の暗殺まで井伊直弼を中心に物語が展開していってまとまりがあったように思う。

 初演時と今回の場割を比較してみたい。

初演             今回
第一部            
彦根城外埋木舎      彦根城外埋木舎
琵琶湖のほとり       カット(お静が琵琶湖畔で嘆く)
京都下賀茂の森      カット(京の公家や志士たちの動向)
千代田城外人接見室   千代田城外人接見室
同上の間          カット(攘夷論と開国論の対立)
外桜田井伊家本邸    外桜田井伊家上屋敷奥庭
東山辺の寺院       カット(水戸と京での反井伊の運動)
水戸城の馬場       カット(水戸藩士が京の状勢を聞いて気勢)
外桜田井伊家本邸中庭 外桜田井伊家上屋敷広庭?
外桜田井伊家本邸奥庭 カット(安政の大獄の決意)

第二部     
京都六角堂牢獄舎    カット(大獄のはじまり。初演でも途中からカット)
江戸水戸屋敷一室    江戸水戸屋敷一室
水戸城下外れの森の中 水戸城下外れの森の中
東海道街筋        カット(安政の大獄の進行)
小塚っ原刑場       カット(安政の大獄による梟首)
井伊邸の奧書院と庭  外桜田井伊家上屋敷奧書院
横浜外人娼館      カット(お女郎が出てくる)
井伊邸下屋敷一室   千駄ヶ谷井伊家下屋敷一室
品川宿相模屋二階広間 カット(水戸浪士の決起前夜)
桜田門外         桜田門外
    
 というわけで初演は第一部と第二部の間に20分の幕間のみで、5分の休憩が2回だけという凄まじさ。観客の肉体の限界を遙かに越えた上演だったようだ。商業演劇の壺を外さず、ところどころに飽きさせない工夫があったようだが、井伊大老の他、京都における当時の状況や水戸藩の動向も描いて、全体像を浮かび上がらせようという作者の意図があったようだが、今回は水戸藩のエピソード以外は、京都の出来事はすべてカットされた。おかげで、井伊直弼の人間像が明確に浮かび上がったように思う。

 彦根の埋木舎の場面では、後の大老が豆腐買いなどとは、「鎌倉三代記」の時姫の豆腐買いを思い出させて芝居好きを嬉しがらせたりする。段四郎の仙英禅師、梅玉の長野主膳など主な登場人物のほか、東蔵の宇津木六之丞が直弼が藩の後継者になることを告げて終わるという手際よさであった。ここでの吉右衛門は、若さと魁春が演じるお静への細やかな愛情をみせて、後の物語へと上手く繋げていて印象的である。魁春のお静が、埋木舎での平穏な生活の終わりにおののく姿がいじらしかった。

 次の場は12年の時が経過し、江戸城でヒュースケンらが登場し、半ば脅迫するような勢いで条約締結を迫る。攘夷の考えを持つ歌六の水戸斉昭との対立を描いて、直弼の複雑な立場を浮き彫りにした。

 続く上屋敷では、お静の方と正室の芝雀が演じる昌子の方との対立などがさりげなく描かれるが、吉之丞が演じる老女琴浦とお静の方の老女、歌江が演じる雲之井という老女形の静かな対決が面白い。勅許のないまま条約が調印されてしまい、心を鎮めるためにお茶を点てる場面では、吉右衛門が実に男らしく堂々としたお点前をみせて、直弼の文化人としての嗜みの深さを観客に印象づけた。たいしたものである。

 休憩後はハリスの歓迎パーティーの場面で、能舞台で昌子の方が娘道成寺を踊る。短くていささかショーじみていたが、何も判らない外国人向けということで、初演は「汐汲み」だったらしいが、引き抜きのある娘道成寺は適切な選択だったかもしれない。芝雀が、いかにもそれらしく踊って味がある。病をおして京から駆けつけた主膳の言葉により、安政の大獄を実行する決心をする場面となるのだが、前半の華やかさが一変して、ダイナミックに物語が進んでいくさじ加減が流石である。

 ここからは直弼の話から離れて水戸藩の動きが中心になる。攘夷派と穏健派の対立が激しさを増し、歌六と歌昇の兄弟への対立に発展し、兄を殺してしまう悲劇が描かれる。初演ではこうした場面が、直弼の物語と交互に現れたののであろうが、今回の上演では脇筋はこの部分だけである。しかも歌昇の次之介は後半の重要な人物になっていくので作者の目配りが効いていた。

 その次之介が直弼を暗殺しようとするが、逆に主膳に殺されてしまう場面へと続く。主膳と直弼の対立をも描くが、梅玉の冷徹な魅力が生きて政治の非情さと直弼の迷いとが描かれる。吉右衛門に為政者の悩み苦しみを見事に表現していて秀逸。危篤の我が子にも会いに行けない身を嘆き、心の内で泣いているのが良く伝わってきた。吉右衛門大当たりである。

 そして名舞台の誉れの高い「千駄ヶ谷井伊家下屋敷」は、「井伊大老」の外題で何度も上演されていて単独でも上演される。なんだか昔の通し狂言から、名場面だけが残って、何度も上演されるのと似ている。段四郎の仙英禅師も上手いし、吉右衛門と魁春の心の通い方、大老という鎧を脱いで涙する吉右衛門の直弼の姿は、目に力が宿り、またしても心を強く揺り動かして深い感動があった。「…間違っても大老にはなるまい」が、今まで以上の重い響きを伴ったのは、前半の場面があってこそで、埋木舎の貧しくても幸福感に満ちていた場面との好対照になっていた。


 本来ならここで終わってもいいのだが、「桜田門外」を見せる。蛇足になるかと思われたが、雪の中を進む駕籠が襲われる場面には戦慄が走った。本物のテロ事件を目撃したような心持ちである。テロと雪景色は、良く似合うのだろうか。同じく雪の日であったという二・二六事件などを連想させたりした。目を見張り、「大義をあやまるな」と言いながら絶命していく吉右衛門に驚くほどの大きさを感じた。歌舞伎界を見通しても、吉右衛門ほどスケールの大きな井伊直弼を演じられる役者はいないだろうと思う。今月も吉右衛門大当たりである。

2008-10-29 00:57
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コメント 1

豆之丞

お伺いしたいのですが、「大老」の芝居と、同じ北條作品
『井伊大老の側室お静の方』(中日劇場 1976・6月)は
同じ作品の別題なのでしょうか。
あるいは別作品なのでしょうか。
ご教示いただければ幸いに思います。
by 豆之丞 (2017-04-09 12:43) 

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