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年の瀬に芝浜を聴く会 鈴本演芸場・年末特別興行 昼の部 12月27日 [落語]

2011年12月27日 12時30分開場演 13時開演 16時終演予定

前座 落    語 柳家フラワー
1:00 落    語 古今亭菊六
    太神楽曲芸 翁家和楽社中
    落    語 柳亭左龍
    落    語 五明楼玉の輔
2:00 三味線漫談 柳家紫文
    落    語 桃月庵白酒

2:30 お仲入り        
    
2:40 漫   才 ホームラン
    落   語 春風亭一朝
    奇   術 ダーク広和
    落   語 柳家さん喬 

今月の鈴本演芸場の下席の昼の部は、日替わりで「芝浜」を聴けるというので、最終日の27日にでかける。13時開演だというのに12時10分過ぎには長蛇の列。団体が2組入っていたからか、今人気の喬太郎の師匠であるさん喬の人気?なのか平日の昼公演なのに満員御礼。大勢の立見客で客席後方は二重の人垣ができていた。なんとか後方の席を確保できてひと安心。落語通らしき男性客もチラホラ見えた。

落語通の中では評価の高い噺家、今一番脂が乗っている噺家、人情噺が素晴らしいと聴いていたので大いに期待していた。結論からいうと「俺の芸のわかるやつだけきけばいい」といった態度がチラついて全く楽しめなかった。落語通は、こうした派手さのないいぶし銀のような芸をありがたがるのだろうけれど、人情噺なのにホロリとするところもなければ、心が温かくなるようなこともなかった。こんなに早く終らないかなと思ったのも珍しい。

例の「お前さん、起きておくれよ。河岸行っとくれよ」が何度か出てくるけれど、あまり情がこもっていなくて大いに不満。あんな起こし方で河岸に起きていかれるのかと思ったし、女房がそんなだから亭主が駄目な人間なんだろうと突っ込んでみたりした。そこまで計算しているのだとしたらさん喬は天才なのだけれど…。

落語をネタにした歌舞伎の「芝浜の皮財布」がどうしても頭について放れないし、特に初めて観たのが前進座創立50周年記念に歌舞伎座で上演した時のもので、梅之助と国太郎での上演が忘れられない。ジャンルが違うし、世話女房をやらせたら独壇場だった国太郎と比較するのも気の毒なのだが、さん喬は人物掘り下げ方の浅すぎるとしか思えなかった。どうして評価が高い人なのか謎である。

逆に芝居好きに楽しめたのは「芝居の喧嘩」をやった一朝。芝居を知らない人には何がなんだか判らないような噺だが、小気味よい江戸っ子噺家ぶりにすっかりファンになってしまった。もっと聴いていたいと思ったところでスッと終ってしまったのも潔い。

川柳川柳 傘寿の会 昼の部 [落語]

2011年4月30日(土)  なかの芸能小劇場  14時開演 17時5分終演

番組

落語「我が家のセンちゃん」 川柳つくし

落語「首屋」     川柳川柳

「大ガーコン 上」  柳家小せん

「大ガーコン 下」  川柳川柳

仲入

「ジャズ息子」    川柳川柳

大喜利 「和洋名曲選」    川柳バンド

「ラ・マラゲーニャ」  川柳川柳

名人・三遊亭円生の弟子でありながら、古典落語ではなく、軍歌とジャズを歌い継ぐ独特の演目「ガーコン」ひとつ?で爆笑をとる寄席の名物男にして、現役最長老の落語家のひとり川柳川柳の生誕80周年を祝う落語会である。

お目当ての「ガーコン」は、かつて黒門亭で聴いたことのある上下に分けての変則的な口演。しかもめったにかけない古典落語「首屋」や名作「ジャズ息子」まで演じるほか、ギターを抱えての歌と艶音楽噺「ラ・マラゲーニャ」まで演じて昼夜2回公演の大奮闘落語会である。もしかしたら最後になるかもしれないという並々ならぬ意欲を感じた。 夜の部は空席があったようだが。昼の部はほぼ満員の大盛況である。

開口一番は弟子の川柳つくしの登場。ラッパを吹く特技のある捨て犬「せんちゃん」を拾った柳家のすったもんだを描きながら、師匠川柳の人となりを語り、落語会の意義をさりげなく伝えていて面白い。

円生直伝の古典落語「首屋」は、川柳川柳の数少ないレパートリーのひとつらしいが初めて聞いた。差別用語という21世紀の今日では、非常にデリケート問題を最初に持ってきてしまったため重苦しい雰囲気に。吃音についてのネタ、吃音者が謡で物売りをするというのは全く笑う気になれなかった。井上ひさしの「日本人のへそ」にも、そんな話があったような気がする。ネタ元だったのかも。差別用語自体は「ジャズ息子」への伏線ともなるのだが、少々無神経に過ぎたように思う。

座頭市の映画の差別用語がテレビ放送時に消されていた珍妙さを演じるはずが、そのまま差別用語を言ってしまってオチがなくなってしまうという痛恨のミス。ところが、それがまったく傷にならずに、かえって愛嬌になってしまうのが、川柳師匠の凄いところではある。

川柳川柳といえば「ガーコン」である。寄席用の短縮バージョンから1時間近くのバージョンまで聞いたが、かつて黒門亭で聞いた2部制の「ガーコン」である。一説によれば脱穀機のくだりで「父ちゃん、頑張れ」が入ると「大ガーコン」なのだとか。

日本に西洋音楽が入ってきてから、平和の時代を通過し、戦争に突き進んでしまった日本の愚かさと、先見性のなさを嘆きつつ、流行歌や軍歌を高座の上で高らかに歌い上げていく。

そして終戦。すべての価値観がひっくり返り、ジャズが解禁になり、ジャズにのめり込む大学生の息子と実家で古い脱穀機を操る父親とを対比させるという演目。

柳家小せんは、明治時代に初めて洋楽が日本に入ってきたとこころからスタートして、紀元2600年 の歌までで交替。滝廉太郎から始まり、昭和初期の時代の空気を反映した明るい流行歌を歌う。畑中良輔先生のライフワークである「日本のうた」にも通じるところがあり興味深く聞いた。こうした部分にも光を当て、アカデミックな考察がなされてもいいかもしれない。

続いて登場の川柳川柳は、連戦連勝で長調の曲から、玉砕玉砕で短調に変化していく軍歌を歌い継ぐ。ナチスやヒトラー、北朝鮮の独裁者、前途有為な若者を戦場へ誘うこととなった作詞家・西條八十への批判など、笑いに包みながらも、その切っ先は驚くほど鋭い。

そして終戦を迎えてアメリカの音楽文化が一気に流入して、ジャズかぶれになった息子と故郷での父親の姿を対比させるお馴染みのオチへ一気に進むバージョンで、終戦直後の曲や現代の歌謡曲までの変化はカット。後半の「ジャズ息子」への伏線や、大喜利の「川柳バンド」の演奏曲で補った形式になっていた。

気がつけば、何度も川柳川柳の落語は聞いているのに、「ガーコン」以外の演目はCDやDVDでしか聞いたことがなかった。今回一番楽しみにしていたのは「ジャズ息子」で、嶋大夫に似た声で語る「摂州合邦辻」を生で聞きたかったからである。さすがに円生に稽古をつけてもらっただけあって本格的で大いに楽しんだ。ハイファイのステレオ、ジャムセッションなど、21世紀の現代となっては、いささか古びた言葉が並ぶが、旧世代と新世代の対立といったテーマは普遍的なもので、意外に古びていないが、演じるには体力と歌唱力?が必要なようで、今後は聞くことがなかなかできない演目になるだろうと思う。

ギター2本とつくしのウクレレという「川柳バンド」は、ハワイアン調でワンコーラスづつ7曲から8曲ほどを歌い継いでいく。終戦後に流行した楽曲の選択なので「ガーコン」を補完する意味もあったようである。一番感銘を受けたのは川柳が英語の歌詞で歌った「テネシー・ワルツ」で子音の発音まで正しく歌っていて、曲の意味もよく伝わり切なさが胸に迫った。楽しかったのは「東京ラプソディ」で気がつけば一緒に自分も歌っていた。

そして「ラ・マラゲーニャ」を披露。ソンブレロを被らずに登場してしまったが、ひょっとしてそれも計算だったか?と思わせるほどファルセットも駆使した歌に聞き惚れる。

さすがに80歳ということもあって、もの忘れや言葉が出てこない?と思わせる瞬間もあったが、それを笑いに転化していく業の数々に芸歴50年を超えて現役でいつづける底力をみた。いつまでもいつまでも、高座でラッパを吹き続けることを心から願った。

次回は6月6日(月)に川柳と雲助の二人会が予定されているらしい。

「川柳川柳・五街道雲助二人会」

日時:2011年6月6日(月)18時30分開場 19時00分開演(開演時間前に前座があがります)
場所:内幸町ホール(千代田区内幸町1-5-1)
出演:川柳川柳、五街道雲助(各2席口演予定)
料金:全席指定3500円(前売・当日共に)